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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2145号 判決 1973年1月22日

原告 水谷文蔵

右訴訟代理人弁護士 金子正康

亡梅沢正信訴訟承継人

被告 梅沢靖司

被告 中村信吾

右両名訴訟代理人弁護士 猪俣浩三

同 木村壮

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告梅沢靖司は原告に対し、別紙目録記載の建物を収去して、同目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四一年一月一日から右明渡し済みに至るまで一か月金二、二二〇円の割合による金員を支払え。

(二)  被告中村信吾は原告に対し、別紙目録記載の建物から退去して、同目録記載の土地を明渡せ。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(四)  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は昭和三六年一二月二一日その所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を左記約定で訴外梅沢正信(以下正信という。)に賃貸した(以下本件賃貸借という)。

1 使用目的 普通建物所有

2 契約期間 昭和五〇年二月二二日まで

3 賃料   昭和三六年四月分から月金二、二二〇円

4 賃料支払方法 毎月末日限り当月分を賃貸人の住所において支払う。

5 賃借人が三か月以上賃料の支払を怠ったときは賃貸人はこの契約を解除することができる。

(二)1  正信は昭和四一年一月一日以降同年七月末日までの賃料を同年七月末日に至るも支払わなかった。

2  そこで原告は正信に対し、昭和四一年八月五日到達の同年八月四日付書留内容証明郵便をもって右七か月分の延滞賃料合計金一五、五四〇円を、右書面到達後一週間以内に支払うべき旨催告した。

3  しかるに正信は、右催告期間をすぎても右延滞賃料を支払わなかった。

4  そこで原告は、前記約定第5項にもとづき正信に対し、昭和四一年八月一六日到達の同月一三日付書留内容証明郵便をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三)  正信は、本件土地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有して、本件土地を占有していたが昭和四七年三月二九日に死亡した。

(四)  被告梅沢靖司は昭和四七年三月二九日相続により、右正信の有する一切の権利義務を承継し、従って本件土地占有権、本件建物所有権も承継した。

(五)  被告中村信吾は本件建物を使用して本件土地を占有している。

(六)  よって原告は所有権にもとづき、被告梅沢靖司に対しては右建物収去土地明渡を求めるとともに、昭和四一年一月一日から同年八月一六日までは一か月金二、二二〇円の割合による賃料、および同月一七日から右明渡ずみまで同一の割合による同被告の故意又は過失にもとづく本件土地違法占有により生じた賃料相当の損害金の支払を求め、被告中村信吾に対しては右建物退去土地明渡を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

請求原因中(二)3(六)を除きその余は認める。

三  抗弁(被告ら)

(一)  賃料の催告期間は昭和四一年八月一二日までであるところ、正信は同日原告あて同年一月一日から六月末日までの六か月分の延滞賃料一三、三二〇円を現金書留郵便で原告宛発送し、これは解除の意思表示到達前原告に到達した。このため解除の意思表示到達時の遅滞額は一か月分にすぎず、前記契約条項により原告のため解除権を発生せしめない。

原告は右延滞賃料およびその後の賃料の受領を拒絶したので正信およびその相続人被告梅沢靖司において同年一月一日以降現在までの賃料を弁済供託した。

(二)  かりに賃料が解除の意思表示到達後原告方に到達したとしても、本件賃料の弁済期は、本件賃貸借成立後半年分または一年分をまとめて支払うとの黙示の意思表示によりそのように変更されていたから、正信は解除の意思表示到達時においても遅滞に陥っていない。すなわち、本件賃貸借成立後当分の間原告が正信方で賃料を取り立て、その後正信が郵送することになったがいずれの場合も半年か一年毎にまとめてこれを行なった。たとえば昭和三八年下半期分は翌年一月二日、昭和三九年上半期分は同年八月一〇日、昭和三九年下半期と同四〇年上半期分は同年七月一二日、昭和四〇年下半期分は翌年一月一九日頃、それぞれまとめて支払われ、原告は異議なくこれを受領したのである。

(三)  かりに右各抗弁が認められない場合、原告正信間の前記賃料支払状況は、弁済期の変更といえないとしても少くとも請求原因(一)5記載の約定中「三か月」との部分を黙示の意思表示により六か月ないし一年に延長したことを示すものであるから、右催告および解除の意思表示当時、原告につき解除権は発生していなかった。

(四)  かりに右各抗弁が認められない場合、右賃料支払状況にかんがみ請求原因(一)5記載の約定による解除権は長期にわたり行使されなかったというべく、現に昭和四一年上半期分にしても三か月間は解除権が行使されないまま放置されていたものであるから、右約定にもとづく昭和四一年度上半期中の延滞による解除権は、いわゆる権利の失効の理論により失効した。

(五)  かりに解除権が発生していたとしても原告の本件解除権の行使は左の事情にかんがみ権利の濫用であるから許されない。

すなわち、

1 原告は請求原因(二)2記載の延滞賃料支払催告において、即時解除する旨の予告をしなかったのに催告期間経過の翌日早速解除の通告をなし、そして催告期間内に正信が発送した賃料が数日中には到達したのに右解除の通告を維持してこれを返送した。

2 原告が解除権を行使するに至った動機は、正信が原告の賃料増額の要請に応じなかったことの報復のみにある。しかし賃料増額についての紛争は別途の方法により解決すべきものであって、賃料の遅滞に藉口していきなり解除権を行使すべきものではない。なお正信が賃料増額に応じなかったのは、経済的状況が裕福でなかったことによる。

3 本件土地上には解除通告のあった昭和四一年八月当時、現在と同様の本件建物があり、ここに正信、妻八重、子靖司(被告)、久美子が居住し、かつ正信の営業用の材料も置かれていた。解除が有効とすれば、被告梅沢靖司は借地権と本件建物とを失うばかりでなく他に住居も所有していないので生活の本拠をも失うのに反し、原告が本件土地を利用する必要はない。

(六)  被告中村信吾は昭和四六年頃久美子と婚姻し本件建物を正信から賃借し、右建物において紙の型抜き業を営んでいる。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)のうち、賃料の催告期間、賃料の到達(但しその時期は催告期間満了後である。)、右到達賃料の受領拒絶は認め、賃料の発送日、解除権の不発生は争う。

正信は催告期間の最終日に本件延滞賃料を原告宛に発送したと主張するが、その期間内に到着しないかぎり債務の本旨に従って履行したとはいえない。原告の住所は千葉県下にあり、正信の送金は都内からであるから、発送当日原告に賃料が到着することは常識的にも考えられないことであり、正信は七か月分も延滞しているのであるから、催告期間内に到達するように誠意をもってもっと早目に発送手続をとるべきであった。しかも催告金額に一か月分不足する六か月分しか送金しなかったことは不誠意も甚しいものである。

(二)  同(二)のうち弁済期変更の黙示の合意の存在は争う。正信は毎月末日限り支払うという約定に反しかつ原告の再三の催告にも拘らず常に履行期より数か月遅れて賃料を支払っていたから右合意などあり得ない。

(三)  同(三)(四)は争う。

(四)  同(五)1中催告期間内の発送は不知、その余の事実は認める。

同(五)2は争う。すなわち原告は当時、本件土地に隣接する土地を訴外本間俊治にも賃貸していた。昭和三六年頃は、右本間、正信ともその地代は坪あたり月金一八五円であったが、昭和三八年頃に固定資産税額が増額されたので、原告は右両名に対して、坪当り、金二一五円に値上げを要請した。本間は自己の賃借している土地の価値が本件土地に劣るにも拘らず快よく応じてくれたが、正信は頑としてそれを拒否するので、原告はやむなく正信からは従前どおりの賃料額を受領していた。原告が昭和四〇年一月分より再度右両名に対し坪当り金二四〇円に値上げを要請したところ、またしても正信だけがこれに応じなかった。結局同人は原告からの再三の賃料値上げの要請に対して一片の誠意も示さなかったわけである。なお、本件賃貸借において原告は全く敷金を受領していない。

同(五)3は不知。

原告の指定した催告期間は延滞賃料の支払準備をするのに充分であり、しかもその期間内に僅か七か月分の賃料の提供すらなかったのである。賃借人の保護に手厚い現行法制のもとで、賃料債権は賃貸人の最後のとりでともいうべく、その義務は厳格に履行さるべきである。

(五)  同(六)は不知。

第三証拠≪省略≫

理由

第一被告梅沢に対する請求

一  賃貸借契約の成立

原告が昭和三六年一二月二一日正信に対し、原告所有にかかる本件土地を「使用目的は普通建物所有、契約期間は昭和五〇年二月二二日まで、賃料は昭和三六年四月分から月金二、二二〇円、賃料支払方法は、毎月末日限り当月分を賃貸人の住所払い、賃借人が三か月以上賃料の支払を怠ったときは賃貸人はこの契約を解除することができる。」との約定で賃貸したことは当事者間に争いがない。

二  賃貸借契約解除の効力

(一)  正信が原告あて昭和四一年一月一日以降同年七月末日までの賃料を同月末日に至るも支払わなかったので、原告が正信に対し、昭和四一年八月五日到達の、同年八月四日付書留内容証明郵便をもって右七か月分の延滞賃料合計金一五、五四〇円を右書面到達後一週間以内に支払うべき旨催告したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、正信は原告に対し、右催告期間内に右延滞賃料を現実に弁済のため提供しなかったが、右催告期間の末日である昭和四一年八月一二日延滞賃料六か月分合計金一三、三二〇円を原告宛現金書留郵便で発送したこと、右郵便は同月一四日頃、原告に到達したことが認められる。

原告が正信に対し、前記約定解除条項にもとづき昭和四一年八月一六日到達の、同月一三日付書留内容証明郵便をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

(二)  右事実によれば、原告の指定した催告期間の末日である昭和四一年八月一二日までに、正信が債務の本旨に従った履行の提供をしなかったのであるから、原告につき本件契約解除権は発生していたところ、原告の契約解除の意思表示が発せられてもその到達前、しかも催告期間をすぎることわずか二日である同月一四日、正信が六か月分の延滞賃料を現実に提供している(これは同年一月一日から同年六月末日までの分と推認される。)こと前示のとおりである以上、右催告期間を二日だけ徒過したために原告が著しい損害を被るという特段の事情の認められない本件においては、右提供は債務の本旨に適し、右六か月の期間に該当する延滞賃料に関する限り、解除権は消滅したものと解するのが相当である。

そこで右提供のなかった一か月分の賃料履行遅滞を理由として本件解除の意思表示の効果が生じたものといえるかにつき検討する。本件賃貸借契約において「賃借人が三か月以上賃料の支払を怠ったときは、賃貸人はこの契約を解除することができる。」旨の約定があることは前示のとおりである。右約定の趣旨は、賃借人のために賃貸人の解除権の発生要件を厳格にすべく、三か月分の賃料の遅滞をまってはじめて解除権の発生をみるというにあると解すべきであるから、右約定により、右一か月分のみの賃料の履行遅滞を理由としては、本件契約を解除することはできず、結局、この点において本件解除の意思表示は効力を生ずるに由なきものというほかはない。

(三)  正信は右賃貸借契約にもとづき、なお本件土地を占有する権利を有するというべく、同人が昭和四七年三月二九日死亡し被告梅沢靖司がその権利義務を相続により承継したことは当事者間に争いがないから、同被告は右占有権原にもとづき本件土地を適法に占有しうる。従って原告の被告梅沢に対する本件明渡および損害金請求は、この点において理由がないから、その余について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

被告らの抗弁(二)(三)につき今後のため付言する。正信が賃料を半年ないし一年分まとめて支払い、原告が異議なく受領すること数回に及んだからとて、その一事により、賃料の弁済期、前記約定解除条項が変更されたとはいえず、その他右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。従って本件賃貸借における賃料弁済方法は、毎月末日限り当月分を原告方で支払うことにあり、原告は三か月分の賃料延滞をまって催告の上、本件賃貸借を解除できるのである。

三  賃料

正信が昭和四一年一月一日以降同年六月末日までの賃料合計一三、三二〇円を現実に提供したことは前記のとおりである。そして原告が催告期間経過後との理由で右賃料の受領を拒み、これを返送したことは当事者間に争いがない。これによれば、原告は同年七月一日から同年八月一六日までの賃料の受領をも予め拒んだと認められる。正信が同年一月一日から同年八月一六日まで一か月二、二二二〇円の割合による賃料を弁済供託したことは原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。従って右賃料債務は供託により消滅したから、原告の被告梅沢に対する右請求は理由がなく棄却を免れない。

第二被告中村に対する請求

≪証拠省略≫によれば、正信は昭和四六年頃、娘久美子の夫である被告中村に対し、正信所有にかかる本件建物(建物所有は争いがない。)の使用を許諾したことが認められる。従って被告中村は、正信の一般承継人である被告梅沢に対しても本件建物を適法に使用できる。

そうすると、同被告が前示のとおり正信から承継した本件土地賃借権をもって原告に対抗することができる以上、同被告所有の本件建物につき適法な占有権原を有する被告中村もその限度で本件土地を使用できるというべく、被告中村に対する本訴請求も失当として棄却を免れない。

第三結論

よって原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大沼容之 裁判官松村雅司は職務代行期間終了につき署名押印できない。裁判長裁判官 沖野威)

<以下省略>

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